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産学官民交流事業

2024.06.07 第242回東三河午さん交流会

1.日 時

2024年6月7日(金)11:30~13:00

2.場 所

ホテルアークリッシュ豊橋 4階 ザ・テラスルーム

3.講 師

井指製茶(株) 代表取締役社長 井指 宏隆氏/「1-34cafe」店長 井指 りか氏

  テーマ

『創業78年の製茶会社が新たな挑戦』

4.参加人数

40名

講演要旨 
 最初に当社の紹介をさせていただく。井指製茶は、豊川市にある創業78年の製茶問屋になる。祖父が終戦後、豊川で静岡県菊川市にある茶農家の実家からお茶を分けてもらい、祖母と行商販売を始めたのがスタートと聞いている。2代目の父の時代に製茶設備、お茶を保管する大型冷蔵庫などを建設し、豊川市で唯一の製茶会社として食品スーパーなどへ商品を供給する事業をしてきた。私が3代目で社員数は13名である。私自身は東京の大学を卒業後、地元の信用金庫に4年間勤め、家業である井指製茶に入社、7年ほど前から社長を務めている。家族構成は妻と娘3人と女性が多い家族であり、少し肩身が狭い。本日は3姉妹の長女であり、大阪の大学を卒業後の去年の4月に新卒で家業の井指製茶に入社したりかとともに、当社の新たな挑戦のお話をさせていただく。
 急須で入れるお茶のことをリーフ茶と呼ぶが、現在若者の中では急須が家にないといった方も増えている。総務省家計調査によると1世帯あたりのリーフ茶の消費量は年々下落傾向であり、15年前に比べると約半分に減っている。リーフ茶の消費が減る代わりにペットボトルが伸びており、全体の金額はそれほど変化していない。お茶の飲み方が変わり、ペットボトルに移行しているのである。ペットボトルのお茶が増えた要因は、急須でお茶を入れることが面倒くさいとか、ペットボトルの方が楽ですぐ飲めるなどいろいろ考えられるが、結果としてお茶に対する価値観が、嗜好品としてのお茶から喉を潤すための清涼飲料に変わってしまった。
 ペットボトルのお茶の台頭によって日本茶の生産現場にはどのような影響があるのか。実は日本茶の生産量が低下している。ペットボトルのお茶の原料には、安い茶葉しか使われていない。そのため茶農家が作る荒茶の相場が下がっており、茶農家の売上が減っている。さらに高齢化や施設の老朽化によって、廃業する茶農家が増えている。お茶の作付面積や生産量も減少していて、ペットボトルのお茶の需要は増えているが作る人がいなくなっている現状があり、このままいくと2050年にはお茶を日本で作る人がいなくなるという説もあるぐらいの危機的な状況である。こうした茶業界において、当社は独自の製茶技術や焙煎技術を活かして時代に合わせたリーフ茶の製造を行い、食品スーパーへの卸売事業や葬儀会社への返礼品事業など、長年続く取引先に恵まれて商売を続けてきた。
 しかし2020年、皆さんも記憶に新しいコロナ禍が突然襲ってきた。コロナの影響によって家族葬の需要が高まり、当社売上の2~3割を占めていた葬儀会社との取引が激減した。さらに食品スーパーでの試飲販売も禁止になってしまい当社のお茶の味を知ってもらう機会もなくなった。この状態が続くとかなり危ういという危機感を抱き、新しいことにチャレンジしないといけないと考えたのが日本茶カフェである。コロナ前にスーパーの催事などで試飲販売をやらせてもらっていたが、そこでリーフ茶を若者たちが飲んで「ペットボトルのお茶より100倍おいしいね」と感想を言ってくれていた。その時に可能性があると感じ、若者が気軽に本物のお茶の味わいを楽しめる場所があれば来てくれるのではないかと思った。ただし日本茶カフェはやったことがない事業であり、計画段階から自己資金では難しかったため補助金の申請を行い、採択された後の工事等本当に大変な思いをしたが、昨年8月になんとかオープンできたのは、本当に多くの方々に協力いただいたからである。その中で、日本茶カフェのコンセプトや運営方法、メニューなどを考えたのは娘たちである。ここからは長女のりかより、オープンまでの道のりやオープン後の話をさせていただく。
 私たち3姉妹は日本茶業界の現状やコロナ禍による井指製茶の大きな打撃を近くで実感していたことから、社長が日本茶カフェをやりたいと言ったときに、その想いに3姉妹全員が一緒に協力したいという気持ちになり、私たちだからこそできるカフェを作り上げようと決心した。そしてオープンに向けて、私たちは3つの思いを大切に考えた。まず1つ目は「本格的な日本茶をもっとカジュアルに楽しんでもらいたい」という思いである。日本茶カフェを開くと決まってから、3姉妹で愛知はもちろんのこと、大阪・東京など全国各地の日本茶カフェに足を運んだ。実際訪問すると、多くの店が若い人には敷居が高いと感じることを実感した。というのは、本格的な茶器、本格的な茶法を伝統的な空間の中で楽しんでいただくというコンセプトの日本茶のカフェが多かったからである。そこでコーヒーや紅茶のようにカジュアルに日本茶を楽しんでもらいたいという思いが、三姉妹の中で固まった。日本茶カフェは、お茶と和菓子の組み合わせが多いが、当店はあえて洋菓子と合わせて楽しんでもらうメニューとし、若い人にSNS映えなどで受けそうなラテも考え提供している。このように若者に受けそうなメニューというだけではなく、本来の目的である本格的な急須で入れた日本茶をもっと知ってもらいたいという思いから、急須で入れる日本茶をあえて日常で使用するようなマグカップに入れて、お茶を気軽に楽しんでもらう形で提供していこうと決めた。
 2つ目は当社のブランドである「いさし園」をもっと多くの人に知ってもらいたいというところである。実際にカジュアルな茶器を使って、どのような空間で日本茶を提供しているのかというと、カフェにしては少し武骨というか古めかしい感じに見えると思うが、空間は元製茶工場の中を半分リノベーションして作っている。どうしてこのような形にしたのかと言うと、私たち3姉妹は小さい頃から従業員の方と本当にとても密な関係で育ってきた。従業員の方の働く姿を間近で見ていて、実際に商品を買ってくださるお客様に対して、「いさし園」のお茶がどのように作られているのか、従業員がどういった思いで働いているのかは目に見えない部分であった。それをもっとお客様に知っていただいたら、「いさし園」をもっと身近に感じていただけるとの思いからこうした形になった。店内に使われている梁、壁は製茶工場内のものをそのまま使用し、倉庫に眠っていた昔ながらの茶箱をアレンジしてカウンターにするなど、活かせるものを全て活かしてカフェとしての形にした。カフェ奥にはレンガ作りの砂煎り焙煎機が見られるが、この砂煎り焙煎機は全国に3機しかないとても珍しいものであり、「いさし園」の強みがこの焙煎機に凝縮されていると考え、カフェはこの焙煎機が見える空間にしようと決めた。麦茶は熱風焙煎という焙煎方法で作られるものが多いが、このようなレンガ作りの砂煎り焙煎機で作っているところは少ない。砂煎り焙煎にすると何が良いかというと、遠赤外線効果で麦に熱を入れていくため、麦の中までじっくりと火を通すことで甘みが引き立つのである。この麦茶の焙煎機自体が直せる人が全国にも少なく、扱うのも職人技になるが当社は勤続50年の匠がこの製法を守っている。カフェ店内から見るとライトアップされていて、焙煎しているときは稼働している様子を見ることができる。お客様に焙煎機の説明をすると興味を持っていただく方も多く嬉しく思っている。この焙煎機で作られた「麦茶ラテ」「麦どら焼き」という商品も新たに開発して、この空間の中で麦茶を楽しんでいただけるよう工夫している。
 3つ目の思いは、地元豊川をこれからも盛り上げたいというところである。私たち3姉妹は、小さい頃から地元のよさこいチームに所属し、以前はB1グランプリのイベントのボランティアなどにも積極的に参加して豊川を盛り上げる活動をしてきた。カフェを実際にオープンするときも地元を盛り上げていきたいというのは3姉妹の中で決めていて、オープンしてからも豊川に拠点のある「mol cafe」というカフェとコラボレーションして麦茶ラテのベースや地元の素材を使用したスイーツメニューなどを共同開発している。今後はさらなる地域のカフェや企業とのコラボレーションやイベントへの参加なども考えている。
 オープンまで私たち3姉妹だけで駆け抜けたわけではなく、多くの協力者の方々に支えられながら無事オープンを迎えることができた。最初に仲間になってくれたのが、今も社員として働いてくれている従妹で、高校卒業後正社員として飲食店に勤務していた経験を活かして、オープン直前まで引っ張ってくれた。私たち3姉妹は当時学生であったためアルバイトしか飲食店での勤務経験がなく、カフェをオープンする経験なども当然なかったため、社会人経験がある従妹が入ってくれたのはとても心強かった。また社長が同級生たちとあるきっかけで再会し、元東京の有名カフェの立ち上げメンバー、大手広告代理店の勤務経験がある地元で先生をされている方などは、店舗運営への的確なアドバイスや軌道修正をしてくださっている。思いに共感してくださった外部の方もいて、岡崎の3姉妹がいる家業が酒屋で飲食店を営んでいる「蔵cafe一合」の方々もすごく共感してカフェの運営の部分に協力してくださった。また「宮ザキ園」という岡崎にある創業200年の産地問屋は茶畑も実際に持っており、お茶についての知識をお茶摘み体験などで学ばせていただいている。
 オープンまで2年ぐらいかかり、初期の段階では会議や試食の繰り返しで終わりが見えなくてとても苦労した。会議には先程話をした協力者の方々が一緒に参加してくださり、私たち3姉妹もカフェを家業でオープンするとなったら思いがそれぞれあったためまとめるのがすごく難しかったが、そうしたものを軌道修正してくださり、うまくひとつにコンセプトや内装をまとめることができた。当初は私も大阪の大学に通って一人暮らしをしていたため、オンラインで会議に参加していたが、オンラインだから少し意思疎通が難しいという思いが当時はあった。卒業してこちらに戻ってからは結構進みが早く、従業員の皆さんに実際に作った試作品を試食してもらい、それについて話し合って改善していくプロセスを繰り返してきた。コンセプトや提供するものなどがある程度固まった段階で、オープン前に実際に運営してみようということで、「ワンデイカフェ」を3回行った。これを行ったことで実際に運営してみないとわからない課題がたくさんあり、そうした学びが得られたのと同時に、オープン前の自信につながり運営方法やメニューなどを確定していった。
 「ワンデイカフェ」でわかった必要な備品や内装に必要なものを集めるためにクラウドファンディングを実施した。クラウドファンディングの目標は150万円と設定したが、結果として250万円も集まり備品の購入も可能になって、思い描いたカフェを作ることができた。ただし経費を抑えるため、DIYで自分たちができるところは自分たちで作ることを大切にした。梁や床も全部自分たちで塗り、客席に使われている机も自分たちで作った。私たち3姉妹と従妹に加えて友人など新たなオープニングスタッフが揃った状態でオープンする直前の昨年6月2日、豪雨が豊川市を襲った。カフェは無事であったが、同施設内の当社工場や事務所が膝下ぐらいまで浸水してしまった。こうしたハプニングを乗り越えて、2023年の8月10日にカフェがグランドオープンした。私たち3姉妹の若い人たちに楽しんでもらいたいという思いが通じたかのように、オープンして最初のお客様は中学生の3人組であった。オープン後の反応として、新聞・ラジオ・テレビなど多くのメディアに取り上げられた。インスタグラムも、フォロワーを4500人まで伸ばすことができた。
 提供しているメニューは、日本茶はもちろんであるが、日本茶を使ったスイーツ、日本茶に合うスイーツなどであり、ドリンクのみテイクアウトも行っており外でも気軽に楽しんでもらえる形にしている。グラウンドメニューに加えて、年間を通じてお客様に楽しんでいただけるよう季節限定のメニューも提供している。春には桜を使ったメニュー、冬にはクリスマスという特別感のあるパフェ、バレンタインの季節はチョコを使ったスイーツなど季節限定のドリンクとスイーツを用意している。ちょうど3日前からは自家製あんみつの提供が始まっている。
 オープン後のお客様の動向として、最初は若者をターゲットに想定していたが、実際は老若男女関係なくたくさんの方々に来ていただいて幅広い客層になっている。嬉しかったのは、最初に若者が友達と来てくれた後に、自分の祖父母を連れてきてくれるというという世代を超えた連鎖があったことである。私の祖父である井指製茶の会長も、カフェの一番の太客として毎日来店している。このように老若男女の方々が幅広く来てくださる理由として、日本茶自体を嫌いな人はいないということに気がついた。コーヒーは結構苦手という声を聞くことがあるが、日本茶カフェと知らないで来店され、コーヒーがないことを伝えながらおいしい日本茶を紹介すると、そこから日本茶にハマってくれてリーフ茶を家で楽しむようになったお客様もおり、日本茶を嫌いな人は本当にいないと感じている。この日本茶の特性を活かして、まだオープンして10ヶ月程しか経っていないが、今後も日本茶カフェとして展開していきたいと考えている。定休日は水曜日と日曜日になっており、営業時間が11時から18時でラストオーダーは17時30分である。夏にはかき氷もやっているので、一息ついて涼みに来ていただけたらと思う。
 最後に店名の「1_34cafe」について説明する。1にアンダーバーを加えて34カフェという名前を名付けた。数字は1234と普通続いていくが、2がないのは2つとないという意味が込められており、2つとないリノベーション空間で2つとない「いさし園」のお茶を楽しんでもらいたいという思いを込めてこの名前にした。最後に社長からカフェのオープンによって当社にどのような効果があったかの話をする。
 先程の話の繰り返しになるが、カフェではあえてコーヒーカップ、マグカップなど洋風な食器を使用し、スイーツもチョコサラミなど洋風なものをあえて提供している。これは若者にもっとカジュアルに、お茶を気軽に楽しんでほしいという思いから娘たちが考えた企画である。これによって会社にどのような効果があったかというと、カフェをオープンしたことにより本業の生茶卸売に変化が出てきた。カフェに来たお客様に販売することも考えて、ちょっと可愛らしいパッケージの商品として、ペットボトルでしかお茶を飲んだことがない世代にも手に取ってもらいやすいパッケージと好まれる味わいを研究開発して製品化し、いろいろな店舗にも紹介して好評を得ている。今まで取引のなかった大手雑貨店などと取引を始めることができるなど、新たな可能性を感じている。このように日本茶をカジュアルに楽しむ場所や商品を提供することで、私たちの日本茶業界は最初の段階で説明したように危機的な状況ではあるが、まだまだやれる可能性があると最近感じ始めている。急須で煎れた本格的な日本茶は、喉を潤すだけなく心を潤しほっとできる。しかもいろいろな健康成分が含まれていて、ガン予防の効果なども言われている。カジュアルに楽しむ日本茶文化を、日本だけでなく世界に広めれば無限の可能性があるのではないかと若い社員とも話し合っている。いつかニューヨークに進出して「いさし園」のお茶を売るのが当社の夢であり、これからも前を向いて進んでいきたい。