2025.03.07 第250回東三河午さん交流会
1.日 時
2025年3月7日(金)11:30~13:00
2.場 所
ホテルアークリッシュ豊橋 4階 ザ・テラスルーム
3.講 師
豊川市赤塚山公園「ぎょぎょランド」飼育係長 杉浦 篤史 氏
テーマ
『豊川調査と赤塚山公園の活動 ~生物多様性を守るためにできること~』
4.参加人数
31名
講演要旨
「赤塚山公園」は豊川市の総合公園であり、名称としては「ぎょぎょランド」の方が皆さんにはなじみがあるかもしれないが、正式な名前は「赤塚山公園」である。1993年に豊川市政50周年記念事業として開園し、私たち飼育員は施設管理協会という指定管理者の立場で管理を行っている。広さは25.1ヘクタールほどあり、バンテリンドーム5個分の広さを有している。基本的にいろいろな施設を使っていただいても無料で一日過ごせる。来場者は、平日は年配の方や、小さなお子さん連れのお母様が多く、土日祝日は家族連れのお客様が多い。年間の入場者数は約40万人で、市内だけではなく近隣市からも来園される方も多く、豊川市では豊川稲荷に次ぐ観光スポットとなっていて、「三世代交流の場」をコンセプトとしている。公園内の各施設として、淡水魚水族館の「ぎょぎょランド」、ふれあい動物園の「アニアニまある」、30周年でリニューアルした噴水などがある「水の広場」、「花しょうぶ園」、「梅園」、大きな遊具のある「ワクワクパーク」、「芝生広場」があり、他には、「市民のスクエア」というサッカーもできる大きなスポーツ施設がある。私の勤務する「ぎょぎょランド」は、豊川など東三河に住む水生生物を展示する施設となっており、魚類・両生類・爬虫類・昆虫類を合わせて約90種2000匹を展示していて、東三河では唯一の淡水魚水族館となっている。
動物園や水族館の役割は、一般的に4つのことが言われている。1つ目がレクリエーションであり、娯楽や癒しといった言葉で表現され、公園の中ということもあり「赤塚山公園」はこの要素が強いと思っている。2番目は種の保存であり、動物園や水族館は野生動物を守って次の世代に伝えていく責任があり、生息域外保全の拠点としての役割を担っている。3番目は調査研究である。本日お話しする豊川調査もこの項目に含まれると思うが、生物の生態や飼育方法などに関する調査研究である。4つ目が教育(環境教育)である。生物の生態、飼育方法について学ぶ。また、自然や生物について考えるきっかけになり、環境問題への関心を高める。こうした普及啓発活動もこの教育の項目に入ってくると思う。動物園や水族館は「自然への扉である」と言われており、展示やその活動を通して自然へ誘う場として、命や自然の素晴らしさ、大切さについて気づきや学びを得る場所と考えている。近年はこれに加えて社会的責任として動物福祉(アニマルウェルフェア)への配慮も言われている。
この4つの役割の一部について、「ぎょぎょランド」の取組を紹介する。2つ目の種の保存について、水族館は「命のゆりかご・箱舟」と呼ばれているが、「ぎょぎょランド」では、「ネコギギ」、「カワバタモロコ」、「タガメ」、「クロゲンゴロウ」、「ミナミメダカ」の繁殖に力を入れている。これは生息域内の保全と展示を継続させるため、水族館の中で頑張って繁殖をさせて今いるものを増やしていこうという考えで行っている活動である。ただし、生息域内の自然の力に任せて増えることができるような環境づくりがより大事だと思っている。4つ目の教育については、川の生き物調査の出前授業を近隣小学校中心に年8回程度実施している。また、「しぜんとあそぼう」というこどもむけ環境教育プログラムを毎週日曜日行っている。大人向けには「赤塚山公園自然観察会」という専門の講師を招聘したイベントも開催している。
ここから豊川調査について話をする。豊川は長さ約77km、流域面積は724㎢と東三河最大の一級河川である。源流部は設楽町段戸山(標高1,153m)、中流域は田園風景、下流域は三河湾につながる汽水域が拡がっている。長さが短く傾斜が急であるため、上流から下流までで水辺環境が大きく変化し、多種多様な生物が生息している。天然記念物で絶滅危惧種である「ネコギギ」が生息しており、これは三河湾に流入する河川にのみ生息する魚である。文化と歴史として豊川は、地域の飲用・農工業用水としても重要であり、豊川用水が東三河地域の農工業を支えている。また、中下流で行われているアユ漁や河口域のシジミ漁は地域の伝統文化であり、一例としてアユ漁は、笠網漁、刺し網、ヤナ漁など多彩な方法がある。レクリエーションとしてアユ釣りも盛んであり、ピンコ釣り、友釣りなどで川魚料理や川遊びが楽しめるといった素晴らしい生態系サービスや文化的なサービスを豊川は与えてくれている。
豊川調査を行う一番の目的は、豊川の魚類相の把握であり、簡単に言うと、豊川にどんな魚が住んでいるかという調査になる。その結果を社会に発信して生物多様性とその重要性について普及・啓発を行うことができればと思っている。学術的意義としては、豊川における魚類の種の多様性を明らかにして魚類学や分類学との進展に貢献し、採集した標本を管理・継承することで、将来の研究資源となる。社会的意義としては、生物多様性や持続可能な社会の形成基盤としての重要性を伝える具体的な例として、調査の結果を「ぎょぎょランド」の展示に活かすことで関心と理解を深めることができると思っている。調査の過去の実施状況について、1995年から2004年までの間に豊川本流と支流の調査を実施、2005年に一度休止し2006年から再開するも2010年で再び休止となっていた。過去の調査では、50種程の魚類を確認しているが、2023年、13年ぶりに調査を再開した。調査対象は魚類のみとしているが、甲殻類、貝類、水生昆虫など情報が得られたものについては別に記録をしている。調査地点は、豊川上流から下流まで、過去に調査を行ったことがあるところを中心に全部で8地点を選択した。調査前の準備として、豊川は漁業権が設定されているため、調査地点選定後、5つの漁協への同意依頼を行うとともに、愛知県に対しても特別採捕許可申請をして許可証を発行いただいた。調査は、5月から11月の魚のよく動く時期に行った。月に1回1カ所程度、当日出勤の飼育員2名で実施した。調査地点に到着後は、最初に水質検査、水温・pH測定、塩分濃度、水色・濁り、流れの速さ、深さ、川幅、川底の状況など川の状況や周囲の環境調査を行い記録した。採集の方法として、投網(とあみ)は、網目の違う2種類のものを3カ所ずつ投げて計6回採集した。また、モンドリという仕掛けワナを2個、練り餌を入れて30分~1時間程度放置し回収した。他に押し網を用いて石の下や草の下、砂の中など、足で網に魚を追い込んで採集するといった原始的な方法でも行った。2023年度はなかったが、昨年からは釣りでの採集も実施しており、それぞれの採集地点に合った方法で実施している。採集後は現地にて種の同定を行い、不明な種については持ち帰ったのち同定した。採集個体数をカウントし、体長計測を行った。数百匹の2,3センチの魚が入ることがあるが、同定しながら数を数える根気のいる作業であった。外来生物法(環境省)、文化財保護法(文化庁)など、国や自治体が定める関連法規に沿って取り扱うこととしている。標本として全種(1種につき2~3匹)、および展示に必要な種については複数個体を生きたまま持ち帰り、持ち帰った個体について、標本処理(アルコール液浸)をして登録・保管している。
2023年度調査においては、11科33種の魚類を確認することができた。確認種を科ごとで見ると最も多かったのはコイ科(12 種) となり、次にハゼ科(8 種)、サケ科(3 種)の順であった。全確認魚種に対する各生活型の割合については、コイなど淡水で生活する魚である純淡水魚が 18 種(55%)、アユやウナギなど川と海を行き来する魚である通し回遊魚が6 種(18%)、ハゼなど海で生活しているが川に入り込んでくる魚である周縁性淡水魚が 8 種(24%)、純淡水または通し回遊魚 が1 種(3%)であった。全確認魚種に対する種ごとの個体数は、カワムツが515個体(51%)と半分以上を占めており、続いてアブラハヤが95個体(9%)、カワヨシノボリが77個体(8%)であった。重要種、絶滅危惧種については、ドジョウ、ウツセミカジカ、ニシシマドジョウの3種が確認された。また、外来種としては、国外外来種のタイリクバラタナゴ、国外外来種で産業管理外来種でもあるニジマス、国内外来種であるニッコウイワナが確認された。これらは放流されたものなどが、自然繁殖、再生産されていると思われる。 結果をまとめると、実際のところ、これだけでは何も言えない。生物調査は、地域の生物多様性の現状を把握し、環境の保全に役立てるための、あくまで基礎資料であり、「いた」という記録・事実の積み重ねである。一回の調査で確認できる種数には限界があるが、継続的な実施が何より重要であり、経年的な変化を注視していく必要がある。
次に生物多様性について話をする。令和4年の内閣府の世論調査によると、生物多様性の意味を知っていた・ほぼ知っていたという回答は30%程度である。生物多様性保全の重要性は、生物多様性のめぐみ=生態系サービスがなければ人間は生きていけない。沿岸漁業の漁獲量が1980年代以降長期的に減少が続いており、生物資源が減ってきている。また、あらゆる生態系・生物はつながっており、関係がないように見えても、一つひとつの生物多様性を守ることが必要である。「2030年まで地球上の陸と海の30%を保護地域などで守ろう」という世界的な目標「30by30」があり、これはCOP15で採択された。また「ネイチャーポジティブ社会推進」は最近よく聞く言葉であるが、ネイチャーポジティブとは日本語訳で「自然再興」と言い、「自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止め、反転させる」ことを指していて国の方針にもなっている。さらに皆さんよく聞くSDGsにも「14.海の豊かさを守ろう」、「15.陸の豊さも守ろう」と入っていて、これは他の目標達成のためのベースであり、年間44兆ドルの経済価値創出を支える人間が生きて活動するための基盤となっている。個人や地域の生き物について関心が、生物多様性を守ることにつながっていくと思っており、個々の行動変容が社会に変化をもたらすと考えている。
最後に今後の展望と課題について話をする。豊川調査は、環境DNAの活用を計画しており、2025年の調査から実施予定である。生物の体液や糞から水中にDNAが溶け出しており、採集しなくてもそこに住んでいる生物を特定することが可能となる。ただ完全ではない側面もあるため、実際の採集と合わせて実施していく。今回の計画では連続で4年間実施予定であるが継続は力だと思っており、今後も継続していきたいと思う。また、支流の調査の再開についても検討している。また、未来を担うこどもたちに対して、心身の育ちを促し、持続可能な社会にもつながる幼少期の自然との豊かな体験を届けたいと考えている。「赤塚山公園」は、自然へといざなう展示をし、学習プログラムで自然に親しむ経験を提供、無料で参加できる自然体験イベントを開催するといったことこそ、公共財の役目であると思っている。課題として、飼育員のメイン業務は、あくまで飼育管理であるため人員や予算を確保しないといけないため、なかなか全てのことをできない。また社会全体の課題であるが人口が減ってきており、中でもメインのターゲットであるこどもたちが減っている。加えて、地域全体での生物多様性保全への意識向上の必要性を感じている。何気なく行った公園から自然にふれる「きっかけ」があり、それが将来的に保全に関わるような人材の育成につながる。地域とのつながりも重視し、学校、近隣団体や企業とも連携して、この地域になくてはならない必要とされる施設であり続けたいと思う。