2025.04.04 第251回東三河午さん交流会
1.日 時
2025年4月4日(金)11:30~13:00
2.場 所
ホテルアークリッシュ豊橋 4階 ザ・テラスルーム
3.講 師
豊橋市美術博物館 館長 岡田 亘世 氏
テーマ
『びはく(美博)ビフォーアフター 1979-2024
❝つなぐミュージアム❞をめざして』
4.参加人数
30名
講演要旨
豊橋市美術博物館は、1979年6月1日に開館し、今年で46年になる。外観は赤いレンガタイルが特徴であるが、これは1970年代の流行であった。昨年の3月1日に大規模改修工事を終えリニューアルオープン、そこから1年が経過した。本日はそのビフォーアフターや舞台裏などの話をする。改修工事の前は、玄関ホールの上の屋根の部分が建築の特徴である「反りのスカイライン」というお皿のような構造になっており、どうしても中心部に水が集まる構造であったために、実は雨漏りをしていた。こうしたトラブルや設備機器の老朽化もあり、建設から46年経っての改修工事となったのである。
1979年6月1日の開館式典の写真には、挨拶をされている司忠(つかさ ただし)さんが写っている。豊橋市の図書館には司文庫というものがあり、美術博物館には当時寄贈された陶磁器コレクションで司コレクションというものがあるが、この司さんが寄付をしてくださったことが豊橋市美術博物館設立の大きな原動力となった。この開館式典の日に、司さんの名誉市民の授与式も開催された。司さんは、書店である「丸善」の社長をされていた方で、お生まれは豊橋である。毎年美術品や現金を支援・寄付してくださり、名誉市民となられた。司さんの功績で特に大きいものが、松方コレクションの返還に携わったことである。上野の国立西洋美術館にある松方コレクションは、松方幸次郎さんが造船で得た資金でフランスの絵画を多く購入したが、第二次世界大戦後フランスに没収された。それを日本に取り戻す活動に参加され、大きく貢献された。現在も寄付された資金は、司文庫基金として図書館が運用している。大変な経済人であり、文化人としても大きな功績のある方で勲章も受章されている。
豊橋市美術博物館の紹介として、主な所蔵美術作品と作家について簡単に話をする。私自身が絵画担当の学芸員ということもあり、博物館なので歴史資料も多く所蔵しているが、本日は絵画を中心とした美術作品を紹介する。3月末まで、生誕100年の展覧会を開催していた中村正義氏は、大正13年(1924)豊橋市生まれの日本画家である。中村岳陵氏に師事し伝統的な日本画を学び、36歳で日展の審査員を務めるが、画壇の因習に反発し脱退し、晩年は星野眞吾氏らと人人会を結成し、52歳で亡くなっている。脱退後制作した「男と女」や絶筆となった「うしろの人」が代表作である。
中村正義氏の大親友の星野眞吾氏は、穏やかな風景などを学生時代に描いていたが、やがて自分のオリジナリティを追求し、自分にしかできない表現を追い求めた。代表作が人体による作品(人拓)である。これは人間の体に糊を塗って和紙に押し付け、その上から日本画の絵の具(粉状の日本画の絵の具)を振りかけて画面に定着させるという作品である。「赤い生贄」という作品は、星野氏自身のボディを使った人拓作品で、画鋲やビニールなど現代的なものがリアルに描かれている。日本画の画材でここまでリアルに描けるのは、星野氏の素晴らしいテクニックである。
高畑郁子氏は、星野氏の奥様で画家であり、創画会という大きな団体で活動していた。ご夫婦にはお子様がいらっしゃらなかったため、豊橋の若い芸術家を育成したいということで、ご夫婦で合計約6億円という私財を寄付され、美術博物館で「星野眞吾賞展」という若い芸術家育成のための公募展を行っている。代表作はインドを描いた赤いシリーズや、四国のお遍路さんを描いた「同行二人」などであり、高畑氏は、2年前に亡くなっている。
平川敏夫氏は、現在の豊川市の生まれで、中村正義たちと親交を重ねた画家である。有名なのは「雪后閑庭」という作品で、白い部分は和紙の紙の色である。墨色で描かれているが、まず一番白く残したいところにアラビアゴムというゴムで筆を使って絵を描いている。まず薄く墨を塗り、少しずつゴムを剥がしていくことで、墨の濃淡を作っている。
最後にもう一人、大森運夫氏は、民俗芸能や労働者をモチーフに描かれることが多く、99歳で亡くなっている。大森氏の代表作は、佐渡島の鬼太鼓を描いた「佐渡冥界の譜」や、伊那谷の浄瑠璃人形をモチーフとした「幻聴」などである。これらの作品が、豊橋の美術博物館の地域の作家の代表作である。
ここで日本画とは何なのかについて簡単に説明する。日本画は明治の初めにできた言葉である。文明開化があり、西洋から油絵が入ってきた、そうした洋画・洋風画に対して、それまで日本にあった伝統的なものを日本画と呼びましょうと明治の頃に一括して日本画と名付けられたというのが日本画の成り立ちである。大きな特徴は画材であり、日本画の場合、絵の具を密着させる糊にあたる部分に膠(にかわ)という動物の骨や皮を煮出したものを絵の具に混ぜて、紙や絹に定着させるという描き方であり、画材も天然の岩絵具を使用する。現在天然のものは高価で手に入りにくいため、人工の岩絵具も多く出ている。こうした特徴のある画材を使って描くのが日本画である。
次に、豊橋市美術博物館の改修工事ビフォーアフターについて話をする。今回の改修工事にかかった経費は約15億円であり、46年前の豊橋市美術博物館の建築費は8億6000万円であったためその倍近くの費用を要し、既存の建物の中を変えるために新しく作るよりも難しい部分も多かった。また、コロナの影響の世界的な半導体不足の煽りを受け、空調機の心臓部にあたるエアハンドリングユニットという部品が入荷せず、工事が5ヶ月延長になった。一旦休館すると宣言した後に5ヶ月間延期となってしまったため、2ヶ月間だけ臨時開館した時に行ったのがクロージングイベントである。市内の小中学生の皆さんのご協力を得て、1階の展示室の壁に絵を描いてもらったが、学校ごとの個性が出てとても良いイベントとなり、またコンサートなども開催した。他に、休館中の工事仮囲いのところに、「お休みだけれど、開館したらまた来てね」という意味を込めて、収蔵品の解説を貼り出した。
そして約2年の大規模改修工事を終えたが、外観はほとんど変わっておらず、内装の工事や設備の更新が中心であった。特に46年前からのスロープは角度が急であり、車椅子の方がお一人で登れる角度ではなかったので、職員一同が念願としていたエレベーターを設置することができた。中庭に改修前は、小池郁男氏作の《風伯》と吉村典幸氏作の《ミナール》という彫刻が2つあったが、改修後は国島征二氏の作品を設置し、「光庭(ひかりにわ)」と呼んでいる。これにより豊橋市美術博物館のもう一つの顔とも言えるような庭をリニューアルオープンで作ることができた。今この中庭はイベントスペースとしても活用をしている。
国際ソロプチミスト豊橋様の認証40周年を記念して、キッズスペース一式をご寄付いただいた。この場所があることによって、お母様方が「ああ、行って良いのだな」という安心材料になるということで、このキッズスペースはとても今、賑やかに活用いただいている。特にリニューアルオープンには、あるきっかけがあって「もしキッズスペースがあったら、子供さんはもっと楽しめたのではないか。もっと館内が明るくなったら、怖がらずに済んだのではないか」ということを強く感じて、改修後はご家族で来館していただけるような施設にしようと決めていた。リニューアルにあたっては、職員が一致団結するためのスローガンを「つなぐミュージアム」とし、活動の方向性に3つのつなぐという言葉が入った柱を立てた。1つ目が「人と時をつなぐ」である。地域文化を守り、活かし、継承する活動として学芸員の研究活動を主に示している。地域に根ざした博物館として、地域文化の再発見と新たな文化的価値の創造につながる活動、歴史・民俗及び美術を扱う博物館の特性を活かした総合的あるいは分野横断的活動、地域の文化拠点として市民の心豊かな暮らしに資する活動である。2つ目が「人と文化をつなぐ」として文化・教育活動を推進し、豊かな社会の創造に努める。これは教育普及事業を主に意味しており、様々な生涯学習支援である。文化に関する生涯学習や自己実現をサポートする活動、文化によって子供の感性や創造性を豊かに育む教育普及活動、文化に関する創作活動の支援、次代の人材を育成する活動を行う。3つ目が「人と人をつなぐ」である。人と人とのつながりによって文化の魅力を発信し、市民が誇れるまちづくりに参画する。文化の魅力を発信し、まちの活性化につながる事業の推進、他の文化教育施設、観光・産業施策に関わる部局、民間組織、市民等と連携した活動、文化に関するアウトリーチ事業の拡充を行う。この3つの柱を元にした「つなぐミュージアム」を示す新しいロゴマークも作成した。
リニューアルオープン後、NHKの「まるっと」や「おはBiz」という番組が取材に来て、学芸員が番組に出演した。また、リニューアルオープンを記念して、奈良美智氏という現代作家の「赤ずきん」「黒ずきん」という2つの作品も寄贈していただいた。こうしたリニューアルの目玉の一つとなるような作品をご寄付していただけたこともありがたく思っている。オープニング記念として、「ブルターニュの光と風」という展覧会を行った。コスプレコーナーを作るなど色々な工夫や、玄関ホールで女性合唱によるコンサートも実施した。それから豊橋鉄道とコラボレーションをし、「豊橋鉄道100年記念展~市電と渥美線~」という展覧会も昨年開催して、博物館は単に絵を見るところではなくて、人と人をつなぐために色々なイベントをやりたいということで、座談会や市電落語も企画した。その他に「アートリップ」という、これはアートとトリップを掛け合わせた造語であるが、認知症の方や高齢者とそのご家族がアートを鑑賞することによって気分が明るくなるとか、ダイバーシティを意識しながらミュージアムを楽しんでもらいたいという企画も行った。それから、前芝で銅鐸が発見されてから100年が経ったということで、「銅鐸の国」という展覧会をやった時には、カフェとコラボして、銅鐸の形のクッキーも販売した。先週まで開催していた「中村正義生誕100年」展を含めて、100が付く展覧会が1年間で偶然3つ重なることとなった。出前授業「まさよしの顔でふくわらい」で、子供たちが出前授業で作った中村正義の顔からインスピレーションを受けた作品を展示して子供たちに来館してもらい、コラボ商品として豆の千賀のお豆各種、織九のラスク各種、THC CRAFTのクラフトビールを作っていただき、来場したお客様が買い物も楽しんでいただけるような仕掛をした。他にも、若手職員発案でガチャガチャを置いて缶バッジを販売し、大好評で完売した。とても好評だったので令和7年度また同じ作家の三沢厚彦氏の作品で缶バッジを作りたいと思っている。豊橋創造大学とコラボレーションとした「SOZOおはなしひろば」という、小さなお子さんと一緒に美術館に来てくださいねというような企画や、オペラのコンサートも先日友の会が開催した。このように、博物館だからといって難しいことをするのではなく、音楽やお土産など色々な角度からミュージアムを楽しんでいただける仕掛けを意識して1年間活動をしてきた。
高齢の方も、子育て中の方も、小学生の方も難しく考えるのではなく、本物に触れることで培われる感性があるので、気軽に来場できて多くの方に親しんでいただけるようなミュージアムを目指していきたいと思っている。